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考えることが、とまらない。

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乗り込んでくるや否や、
その幼稚園年中さんぐらいの男の子が、
吐いた。

お母さんは当然、大慌て。 

私は持っていたありったけのティッシュと、
帰りにスーパーにいくつもりだったので、
バッグに入っていたスーパーのレジ袋。

それを差し出した。

お母さんが一生懸命床をふいている間、
わたしはせいぜい、
その子が座れる場所をつくって、
背中をさすりながら、

その親子が、
降りたい駅で降りれるように、
駅を確認することしかできなかった。

その子の顔色は、いい。

拭くのを手伝おうか。
と頭では考えてた。

でも、よく、
嘔吐物は、自分で処理せずに、
職員を呼ぶこと。

あるいは、自分で処理するときも、
ビニール手袋をすること。

そんな中途半端な知識があるから、
手をだすことができず、
宙ぶらりんな、
情けないような気持ちで、
お母さんをみていた。

他の乗客は見て見ぬフリ。

降りていくときお母さんは、
何度も頭を下げていったけれど、

わたしは、
できることを全部やってないことが、
すごく引っかかっていて、

あとから何度もその場面を反芻した。

駅員さんを呼ばなくてよかったんだろうか。
消毒も何もせず、
あの車両はそのまま走り続ける。

マザーテレサだったら、
なにもためらわずに、
手を差し出していたのではないか。

そんなことまで考えていた。

考えたり悩んだりする時間が、
よくあるよね。
と言われることが時々ある。

別にじーっと考えているわけではなくて、

歩きながら、
食べながら、
お皿洗いながら、
洗濯物をたたみながら、
考えてる。

これ、わたしの思考グセだな。

終わったことを、
「どういうことだったんだろうか」
「本当はどうしたらよかったんだろうか」
と、いろいろ考える。

一緒にいた人が、
そのことを、もう終わったこととして、
取り立てて何も考えていないことがわかって、
自分の思考グセに気づいた。

いろんな人の顔が浮かんでた。

あの人だったら、
ためらうことなく、
床を拭くのを手伝っていただろうな、と。

そんな人が周りにたくさんいることが、
嬉しかったりもする。

小さな出来事。
でも、なんだか、
考えることが、とまらない。

写真:駅を降りたところ

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